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東京地方裁判所 昭和56年(刑わ)594号 判決 1981年4月30日

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  昭和五五年七月中旬ころの午後二時ころ、東京都三鷹市《番地省略》A方において、同人ほか一名所有のプラチナ結婚指輪二個ほか指輪二個(時価合計三三万円相当)を窃取した。

第二  婦女子にわいせつ行為をしようと企て、同五五年一二月一二日午前五時五〇分ころ、同都豊島区《番地省略》所在B荘前路上において、C子(当二三年)に対し、いきなり前からその両肩等を掴んで抱き寄せる等の暴行を加え、強いて同女に接吻しようとしたが、同女がはげしく抵抗し、大声で助けを求めたため、その目的を遂げなかった

ものである。

(証拠の標目)《省略》

なお、判示第二の事実について、弁護人は、もともと被告人にはわいせつ行為をしようという企てはなく、顔見知りの被害者に対し、日頃から可愛いく感じていたこともあり酔余の勢いもあって接吻しようとしたものであり、しかもその頬に接吻しようとしたに過ぎず、このような行為はくちびるを合わせる場合などと違って性的満足を得る行為とはいいがたく、現代の社会風俗にあっては単に親愛の情の表現であってわいせつ性はないといわなければならず、仮に相手方の意に反して行ったとしても暴行罪にあたることは別として、強制わいせつ未遂として問擬すべきものでないと主張し、被告人も当公判廷において右主張にそう供述をしているので、この点について判断する。

ところで強制わいせつの罪は、個人の人格的自由の一種としての性的自由の保護を目的とするものであり、従って本罪におけるわいせつ行為の内容は、被害者の性的自由の侵害を主眼として理解されなければならないところ、接吻行為は、それが唇を対象とされなくともその行われたときの当事者の意思感情、行為のなされた状況や経緯等からして、相手方の意思に反しその性的自由を不当に侵害する態様でなされたときは、親子、兄弟あるいは相思相愛の男女同志が親愛の情の表現としてなされた場合などとは異って一般人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道徳観念に反するわいせつ行為に該当することがあるといわなければならない。

そこで本件をみると、《証拠省略》に照すとき、本件当日被告人は、前夜から都内池袋のスナック等で飲み明かし、未だ夜明け前の薄暗い午前五時五〇分ころ、居住アパートB荘へ戻って来たが、付近に人通りの全くないそのアパート前路上において、たまたま新聞配達中の若い女性である被害者と出会ったため、同女とは単に被告人方にも新聞配達に来て顔見知り程度であったが、日頃可愛いいと思っていたところから同女に対し接吻しようと決意し、同女が再び、被告人居住のアパートB荘前に戻ってくるのを同所において待ちかまえ、同女が被告人の傍を通り抜けようとしたときに、いきなり同女の前方からその両肩等を掴んで抱き寄せ、同女が「何するの。やめて。」と叫びながら、被告人の手を振りほどいて逃れようとするのもかまわず両腕を同女の首に回して抱き寄せ顔を近付けて接吻しようとし、同女が顔をそむけて、持ってた新聞をとり落しながらも、被告人の胸を突き離したりして激しく抵抗するや、更に近くの路地の方へ肩や腕を掴み引っ張り込もうとしたが、大声をあげられ抵抗されたため遂に手を離したという事実が認められる。

以上の事実に照すとき、そもそも被告人が同女に接吻しようとした際の意図が親愛の情の表現として接吻しようとしたとするには極めて不自然で、性的満足を得る目的をもって為したものであると認めざるをえない。つまり、当時の状況や被害者との関係からして同女が被告人の接吻に同意することを予期しうる事情は少しもなく、その態様に照らすとき被告人はむしろ若い女性との肉体的接触を求め、自己の性的満足を得る目的の下に同女の感情を無視し、強いて接吻を求めたものであるというべきである。そして、更にかような情況、態様でなされる接吻は、同女の性的自由を不当に侵害し一般の道徳的風俗感情の許容しないものであって被告人の所為は強制わいせつ罪にいうわいせつ性を十分具有しているというべきである。従って本件被告人の行為が強制わいせつ未遂罪に該ることは明白であって、弁護人の主張は採用しえない。

(累犯前科)

被告人は、(1)昭和四八年三月一九日宇都宮地方裁判所栃木支部において強姦致傷、準強姦未遂罪により懲役三年に処せられ、同五一年一月八日右刑の執行を受け終り、(2)その後犯した邸宅侵入罪により同五一年六月一四日市川簡易裁判所において懲役三月に処せられ、同五一年八月二四日右刑の執行を受け終り、(3)更にその後犯した詐欺、窃盗罪により同五三年六月二一日東京地方裁判所において懲役二年に処せられ、同五五年四月二一日右刑の執行を受け終ったものであって、右各事実は検察事務官作成の前科調書、同四八年三月一九日付け及び同五三年六月二一日付け各判決謄本並びに調書判決謄本によってこれを認める。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は、刑法第二三五条に、判示第二の所為は、同法第一七九条、第一七六条前段にそれぞれ該当するところ、前記の各前科があるので同法第五九条、第五六条第一項、第五七条によりそれぞれ四犯の加重をし、以上は同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条本文、第一〇条により重い第一の罪の刑に同法第一四条の制限内で法定の加重をし(但し、短期は第二の罪の刑のそれによる。)その刑期の範囲内で、被告人を懲役二年に処し、同法第二一条を適用して未決勾留日数のうち九〇日を右の刑に算入することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 荒木友雄)

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